「調整役」の厳しさとは
久しぶりの雑記。
「調整役」とは社会において、かなり嫌われる仕事であり、その役割を担ってしまったとき、プレッシャーというか、モチベーションの低下、面倒くささ、怖さ、などネガティブな思考に陥りがちなものである。
ただ、調整はどうしたって誰かがしなければいけないし、大きめのプロジェクトにおいてこの役割の人がいない場合には結果的に大きな問題が発生したり、揉め事につながってしまうことになるのでどうしたらいいか。
果たしてこの「調整役」という仕事の嫌われっぷりの正体とは一体何なのだろうか。
自分が思うに、「調整役」を担っている人のマインドとして、こういうの、あると思う。
例えば何か課題が発生した時に、その対応を開発チームのタスクに差し込まなくてはいけない状況を想定する。
- この課題を解決するためのタスクを開発チームに持ち込んで差し込まなきゃいけないんだけど、言うのが怖い。
- 怖いから情報をできるだけ揃えてこっちも鉄壁の守りを固めた状態で「お願い」しなきゃ。
- 毎日忙しくしているし、今やっているタスクからのコンテキストスイッチを起こすのも申し訳ない。
- 「お願い」する先のチームの上司からの指示ならスムーズに進められるはずだから、上司にも根回ししとこう。
- 何か見落としがあった場合に、またフィードバックを受けて、その調整するのはとても面倒だし、ちょっと時間かけてでも情報をかき集めて整理しておかなきゃ。
こういうマインドで動いた結果生まれるのは、
- コミュニケーションに異常に高い壁が生まれることによる関係の悪化
- 「あの人が持ってくる情報、いつも急だし情報量がおおいよね」感
- 「お願いする側」と「お願いされる側」の謎の上下関係の発生
- 全ての案件に上司が必ず関わらなければいけなくなる重さ
- 悪い意味での政治性を孕む仕事の仕方
- 隠し事
- 物事が動き始めるまでにとにかく時間がかかる
と、とにかく最悪の事態に陥るとこういう自体になってしまう。
こういう事態に陥らないような仕事の仕方、そして「調整役」を担う人が常にポジティブに・気楽に仕事できるようにするにはどうしたら良いか?また、自分も「調整役」になりたいと思うには?
- 仕事を差し込ませてもらいたい相手の状況が可視化されていること
- 仕事を差し込むときの基準がオープンになっていること
- 「調整役」は情報をため込まず、整理されていなかったとしても、ちょっとでも変化があった時にそれを共有する場と相手がいること
- 基本的にはみんな同じ目的に向かって進んでいることを認識しあっているチームのマインド
- 仕事の型を作ること、また型はアップデートされて良い前提であること
こんな感じだろうか。
最後の「仕事の型をつくる」というのは結構重要で、ルールではないのだけど、「こうやると仕事はうまく回るよ」というのをチーム間だったり上司・部下間でつくることが大事で、しかもそれは勝手に誰かが作ってくれるわけではなく、そこに関わる人(たとえば仕事を依頼して欲しい人)が自分ごととして常にそのインターフェースを公開・更新していくことが大事だなと思う。「この依頼の仕方はよくない」という現象が発生した時に、それを「調整役」の人がパラメータを変更するのではなく、依頼を受ける側が後方互換を考えながらインターフェースを変更することで、そっちに合わせるように仕事ができるようになると、みんなが自分ごととして動くようになって、「調整役」の人も気が楽になっていいな、と思う。
プログラミングするのと同じように人間が動く仕事もしたいなって常々考えている。
ちなみに、この話、何か実際の人や事象を想定して書いたのではなく、これまでの経験に基づいて、最悪のパターンを生み出さないためには、と未来に向かって書いたものです。
殴り書いた雑文、失礼しました。